無職ヒモ日記26

〇 深夜のカルガモ狩り(※フィクションです)

 

深夜丑三つ時。俺は板橋区某所にある公園に出没していた。

 

何のことは無い。カルガモの雛を捕まえるためである。

 

その池は半径30mほどの小さな池、しかし濁った池の深さは未知数。一度昼間の下見で長さ50cmほどの木の枝を突っ込んだが、それでも底には着かなかったので、恐らく1m以上は深さがあるだろうと踏んでいた。

 

俺は近所のスーパーから要らなくなった発泡スチロールの箱を貰ってきていた。それを火で炙ったカッターナイフで四方を切り平な板にし、切り分けた4面と蓋の部分をガムテープで重ね合わせビート板代わりとした。池での行動を容易くするためである。

 

目標は池の中央の小さな小島、そこにカルガモ親子が住んでいた。そこに上陸するためには、深さ未知数の池を泳いで横断しなければならない。非常に濁った水のため顔をつけたくないので例の発泡スチロールで作ったビート板にしがみついて泳ぐつもりであった。

 

深夜の都内、人気の無い住宅地の真ん中にある公園、そこに発泡スチロールをガムテープでぐるぐる巻きにしたゴミの様な板を持って水着姿で歩く成人男性。最早、狂気以外の何物でも無い。

 

当時、警察に通報されて職質でもされたら基地外扱いされて病院送りになっても文句は言えない所業であったであろう。

 

しかしそれでも俺は滾る血を抑えきれなかったのだ。俺の身体に眠るカルガモの雛狩りの血が(下記参照)

chonny.hatenablog.com

 

未成年の頃ならいざ知らず、成人になって、しかも無職のヒモでしかない俺が都会のど真ん中でカルガモを捕まえているだなんて知られたら完全に逮捕される。そもそも動物愛護法とか鳥獣保護法とか色々アウト

 

そのリスクを鑑みても、なお俺をカルガモ狩りに駆り立てるものは一体何なのだろうか? それはもう狂気である。俺は狂っているのである。カルガモの雛に。

 

月の無い晩、明かりも遠く、都内にしては珍しく暗闇が多い公園内。池の傍から俺はそろそろと脚を差し入れる。昼間の灼熱の太陽の置き土産か、池の水はまだそこそこ温い。ゴミ同然のビート板を水に放り、そこに手を置きながら慎重に足を水中に入れていく。想像以上に深くはあったが、しかし腰ほどの深さで脚はついた。

 

俺は両足を池の底につけると静かに歩みを進めた。静寂な池の水面にさざ波が立ち、わずかな水音が立つ。野生動物の聴覚はそんな音でも察知する、もっと慎重にならなくてはいけない。俺は息を殺しながら、ゆっくりと進み、音を出さないように進む。

 

と、そこで突然池の深みが増した。腰ほどの深さから急に足がつかなくなる。仕方なくビート板の浮力に身体をまかせ、池の底から足が浮く。そこでビート板が深く沈み込み、大きな波を立てた。まずい、カルガモ親子に気付かれただろうか。息を殺すが小島からは何の物音もしない。

 

まだ大丈夫であろうか、池の真ん中の小島まで後数メートルであった。何とか気づかれないまま上陸したい。奇襲作戦が成功すれば網の無い素手でも何とか勝負に持ち込める。俺は更に慎重に足を進める。水面に浸かった身体の抵抗が大きく、進みの速度は遅かった、数メートルの距離が遠くに感じられる。無限とも思える時間に思えたが実際は5分ほどであろうか。俺は何とか池の真ん中の小島までたどり着いた。小島の大きさは周囲7~8m、葦が生い茂り中の様子は外からでは伺い知れない。

 

島は当然人工のもので、水底~水面までは石垣のようなものが積み上げられていて、側面はデコボコが多い。足をかける場所には困りそうに無かった。静かに、そして息を殺し俺はビート板から手を離し小島のヘリに手をかける。水中の石垣の中ほどに左足をかけ、力を込める。いつでも上陸可能だ。あとはタイミング次第。

 

息を殺し、島中の気配を伺う。中に動きは無い。奇襲成功か? 俺を心の中で数を数えた。3、2、1、!!

 

左足を踏ん張ると共に、小島のヘリにかけた両手に力をかける。水中から体が勢いよく飛び出し、勢いに任せて右足を島の地面につくと、一気に葦を押しのけカルガモの巣がある辺りに突っ込む。さぁ狂気に満たされた俺の狂った宴の幕上げだ!!!!

 

と思ったら巣の中は空っぽであった。饐えた泥の匂いと鳥類の野性的な匂い、それと鳥の糞が入り混じった匂いが充満する葦の小島の中、足元にあるカルガモの巣には、白い卵の欠片が僅かに暗闇の中に見えるだけで、他は何も無い。もぬけ空であった。

 

そんなまさか、物音すらしなかった。俺の奇襲作戦は完全に成功だったはず。愕然とする俺の耳に、小島の外から僅かに水を搔きわける音が聞こえた。まさかと思い、葦をかき分け池の水面を目を凝らして見る。わずかな星明りの下、黒い塊が無数の小さな塊を従え小さく集まって泳ぐ姿が見て取れた。

 

やられた。10代の頃から長らくカルガモ狩りから足が遠のいていた俺は完全に五感が鈍っていた。

 

恐らく母ガモは俺が水辺に入った時から目を覚まし気づいていたのだろう。そして俺が深みに嵌って大きな水音を立てた時、完全に巣から撤収していた。俺はその水の出した音の中に葦をかき分け逃げるカモ親子の音が混じっていたことに気付いていなかったのだ。

 

かつての俺なら、川の流れる音の中に、カルガモ親子が水面に下りて泳ぐ音を聞き分けることが出来たのに。かつての感覚の鋭さは完全に衰えていた。俺はそれに気づいていなかったのだ。歳はとりたくないものである。

 

小島に立ち尽くす俺に勝ち誇るかのようにカルガモ親子は俺の目の前数mを悠々と泳いでいる。

 

この池の深さでは飛び出して捕まえようとしても、水面を浮かんで逃げるカルガモ親子のスピードには敵わない。それより深さ不明の池の中に飛び込むリスクも大きい。

 

俺は素直に白旗を上げ退散することにした。

 

都会のカルガモを人に慣れ切った家畜同然と侮った俺の負けである。来年に、五感を鍛えてまた挑んでやる。俺はそう心に固く決めて池を泳いで渡り去ることにした。この悔しさを俺を大きく成長させるはずだ。今はそう信じるしか無かった。

 

果たして無職ヒモの俺に来年はあるのか!? だらけ切った生活の中に五感を鍛える術はあるのか!? がんばれ無職ヒモニート!! 来年こそはカルガモ親子に勝てるのか!!

 

次回:「びしょ濡れ海パン姿の俺、帰宅途中に警察に捕まる!!」

   「どんな言い訳も無職ヒモニートで信用ゼロ!!」

   「彼女が警察に迎えに来てくれない!?」

 の三本立てです!みんな見てね!!

 

 

※ この話は完全にフィクションです。都内でカルガモを捕まえようとしたら多分鳥獣保護法とか条例とかで完全に逮捕ものです。決して真似することないようお願い致します。あと通報も