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ヒモに愛は必要か

〇 当たり前だ

・この一言に尽きる。

 俺をヒモとして飼ってくれているエリート彼女には感謝してもしきれない。彼女がいなかったら俺は今頃上野公園のベンチで寝てるか、山谷の木賃宿にでも転がり込んでいたか、或いは荒川の畔でブルーシートと廃材を使った割と頑丈そうなテントでも作成中だったかもしれない。俺を拾ってくれた恩は彼女に生半可なことじゃ返しきれない。

 

・世の中のヒモに愛はあるのか

 正直、俺にそれは分からない。だって周りにヒモがいないのである。いたとしても公言していないだけか。かくいう俺も周囲の人間にはヒモであることを隠している。リア充のマウンティングが蔓延るFBやインスタなどのSNSでヒモであることをばらした瞬間、奴らリア充界の最下層辺りが日ごろハニービーやジョックの連中にされているうっぷん晴らしのために俺にマウンティングを始めることは目に見えている。俺はそんなSNS人間サンドバッグになるのはゴメンである。

 故に俺はヒモとして孤独なのである。だから他のヒモ達が飼い主に愛や温情を抱いているかどうかは知らない。このblogを開設したのも、いつかどこかで同じ境遇のヒモと巡り合い交流を持てるかと思ったのが理由でもある。

 話が逸れた。ヒモに愛があるかどうかの話に戻ろう。実際、俺は愛情があるから何とも言えないが、他人と毎日顔を突き合わせ、ストレスのはけ口になり、愚痴を聞き、話相手になり、sexをし、家事をする。それを愛情を通わない他人に出来る人がいれば可能なんだろうと思う。残念ながら俺はそんな面倒なこと他人には出来ない。もしかしたらそういうことを自然と出来る人がいたら愛情なくともヒモが出来るのかもしれない。

 

・愛の無いヒモ

 友人が少ないと寄生される!? ヒモ塾・セブ山氏に学ぶ「ヒモ男」対策 | ALICEY

 

 セブ山氏とか言う人のおかげでヒモに対するイメージが柔らかくなった気はするが(←気のせい) しかし、テクニックだけではヒモにはなれないと思う。ヒモの道というのは思ったより厳しい。かくいう俺も過去に一度破綻を経験している。小手先のテクニックだけではなかなか通用しない厳しい世界なのである。

 もし愛情が無かったり、何等かの利益目的でヒモになりたい場合は自分で自分を騙すことも必要になってくるかもしれない。であるならば、先も書いたが恩や感謝の気持ちを自分の中で変換し恋愛と錯覚させることも必要な手かもしれない。人間なんて意外と単純なものである、恋愛テクニックのつり橋効果なんてのも緊張感による心拍数の高まりを恋愛感情と錯覚させるテクニックだとか言われている。その程度で錯覚するのであれば、対人感情としてプラス方向である【恩、感謝の気持ち】を恋愛感情と自分に思い込ますことくらい簡単であろう。

 錯覚でもいい、恋愛感情が自分の中で出来ればヒモ生活において抱えるであろうストレスや苦労を感じなくなり、両者円滑に生活が進みwinwinの関係で誰もが幸せな平和な世界になること間違いない。

 ちなみに余談であるが、自分がヒモしている彼女は金もあるし友人付き合いも多いが俺というヒモがいる。彼女の友人もヒモを飼ってるor飼ってた友人が何人もいることを聞いている。意外に高学歴で金を稼ぐ力を持っている女性の方が相手の収入、社会的地位、立場なんてあまり気にしない女性が多いので、俺はセブ山氏の意見に反対である。

 

 ヒモになりたいのであれば『高学歴エリート女子で高収入の女性を狙え』である。であれば氏の言うところのコスパにおいても余裕でクリアできると思う。

 

 まあ一つ難点があるとした、彼女らは仕事が出来て人を見る目もあるので下心を持って近づいていくとあっという間に気づかれるという欠点があることだ。まあ精進してくだせぇ