無職ヒモ日記29

〇 日雇いバイトに登録してみたらなかなかに辛かった件

 

さすがに無収入はやばいので日雇いから出来るバイトに登録してきた。日雇いと言っても都内にある某巨大イベント施設でスタッフでイベントがある日に合わせて予定を入れて仕事をする仕組みである。

 

ただ週最低何日とかも無く、入れたい日に自由に入れて辞めたくなったら行かなければいいだけという気楽なスタイルが気に入って登録してみたはいいが、大分えらい目にあってきた。

 

それは某有名アーティストのコンサートの設営をする仕事で、都内にある某会場に集合するのだが、集合時間が夜の七時とかであった。直前まで別にイベントがあるので終了後に総入れ替えしてコンサート会場を設営するらしい。

 

とは言え昼型の生活をいきなり夜型にするのも難しい。昼の間に昼寝をしてみたものの眠れるはずもなく、やや不安な心持で仕事へと出かけた。

 

仕事内容はいたって単純、ついてから適当に班に振り分けられてコンサート設営の手伝いをするのだ。ある班は舞台の骨組みを作る職人さんの下について、ひたすら言われた規格の部品や鉄パイプを拾って手渡す仕事。俺は音響系の仕事の人につく班で、スピーカーの設置位置にテープとか貼っていく仕事だった。

 

仕事内容は単純で、非常に退屈であるが何がつらいって人間扱いされないこと。仕方ないことだとは思うが、設営会社の方々からはことあるごとに「派遣さーん」と呼ばれる。一応最初自己紹介したんだし、名前くらい… と思うが自分が逆の立場だったらいちいち覚えきれないだろと思うのでそれは仕方ない。

 

イラつくのが、設営会社の社員が非常に偉そうな点。こっちを非正規の派遣と見下して完全に上から目線で指示をしてくるのだ。まあこの点もそんなものかと思って我慢はする。しかしお互い夜中の二時を超えてくると眠気と疲労で段々判断力も低下してくる。そんな時間帯に社員(女)の方からブルーシートを畳んでおけと指示が下ったので、普通に畳んで片付けておいたのだが、どうもその会社には畳み方に決まりがあるらしく、俺の畳み方はそれと違っていたらしい。しばらくして畳んだブルーシートを見た社員(女)が突然キレだした。

 

「何コレ?? 畳み方違うじゃない!! あんたたちブルーシートもまともに畳めないの!!」

 

その社員(女)は30半ばくらい。それなりに顔立ちは可愛かったであろうが化粧ッ気も無く、ボロボロの肌、顔には疲弊と目の下にはクマが出来ており、髪もボサボサ。仕事(会社)に振り回されて色々とすり減っているんだろなーと思えるような女性たった。

 

ただ言えるのは、そもそも細かい指示を出していないのは社員(女)なわけで、畳み方の説明が無ければ各々がそれぞれの方法で畳むことになるくらい簡単に想像できるだろう。しかしそれが出来ないくらい追い込まれているのか、それとも頭が回っていないのか、それとも単に馬鹿なだけなのか。この一件だけでは分からないが、イライラしながらブルーシートを畳み直すために俺らの前にシートを投げ飛ばしてきてたので、深夜の眠気と苛立ちがマックスに達した俺は無表情でそれを蹴り飛ばした。

 

見下していた派遣にそんな反抗されるとは思っていなかったのだろうか、その社員(女)は驚いた顔をして、ブルーシートを自分で畳みなおしてどこかに消えていった。その件はそれで仕舞。特に怒られることもなかった。派遣如きに怒る時間を割くの勿体ないのかもしれない。

 

その後も仕事は続き、音響の仕事がひと段落した後は機材の搬入などの力仕事であった。ゴムの滑り止めがついた軍手が配られ、トラックからコンサートの装飾で使う人形やらマネキンやら、他にもよく分からない機械の入った箱をひたすら下ろして運ぶ仕事だ。この頃になると眠気がやばくなってきて立ったまま眠れる勢いであった。あまりにひどい時はトイレに行くと言って抜け出し、洋式便器に座って五分程度の仮眠をとってその場を凌いだ。

 

予定では朝の八時に解散であったが明け方の六時になるともう限界すれすれであった。疲労もそうだが眠気がやばかった。六時半過ぎに、次に搬入する資材がまだ着かないのか何なのか、全体に休憩が言い渡された。ほっとしながら座ると隣に若い男の子が座った。

 

人懐っこい奴で、隣に座ってる俺に話しかけてきた。聞くとこの近くにある私大の大学生らしく春休みを利用してアルバイトに来たのだといる。コンサートの設営だと聞いて華やかな仕事を想像していたが、まさかの肉体&肉体でこんなに疲弊するとは思わなかったと笑っていた。あと俺と同じく、いつもと違う時間帯のために眠気マックスで辛い点を強調する。俺も同じだと言って二人で笑っていると、そこに現場監督がやってきて解散の指示が下った。理由はよく分からないが、仕事はもう上がりらしい。どんな事情があったかは知らないが八時までの仕事が七時で解散になったのだ。正直限界がきていた俺はホッとして帰る支度を始めた。

 

帰りの駅はその大学生と同じ方向であった。またどこかの現場であったらと、一応ラインを交換したが恐らくお互いメッセージを送ることなく終わるだろう。

 

帰り道、自宅のある駅に着くと今から出勤するサラリーマン達がスーツにネクタイを締めて改札をくぐる姿が目に入る。

 

ついこのあいだまでは自分もあちら側の人間であったのだが、えらい落差である。

 

が、しかしスーツを着てネクタイを締める人間が須らく偉いというわけでもない。中にはブラック企業で今日の俺より酷い仕打ちを受けて働く人間もいるであろう。どちら側が良いとは言えない。仕事が金を稼ぐことのみが目的ならどの仕事に貴賤は無い。しかし今日の日本は仕事に遣り甲斐や生き甲斐、生涯のビジョンなどを持たせる。それ故、それらが無い単純労働などは一段下に見られるという格差はある。仕事で無く、仕事の外に遣り甲斐や生き甲斐を求めて、仕事はただ金を稼ぐ目的として消化するだけじゃいけないのだろうか? 今日の社員(女)などが派遣を見下すあの空気はそういったものが創り出している気がした。まあそんな難しい話はともかくとして、今日はとにかくひたすら寝ようと思った。

 

家に着くと風呂に入る間もなくベッドに倒れ込み夕方まで爆睡した。後日、あんたの寝てたシーツが汗臭いと彼女から激怒されたのは言うまでもない。